こんにちは。エネプロ社長の武田です。
先日ある研修会で、畠山重篤さんという方の講演を聴く機会がありました。前回に続きこの講演会のお話をしたいと思います。
畠山さんは、1943年生まれで、現在、宮城県気仙沼市唐桑町で(有)水山養殖場という「牡蠣の養殖場」経営する社長さんです。今回の東日本大震災の被災者のおひとりで、お母さんを亡くされ、養殖場のすべてを失いました。
住み慣れた故郷は津波で破壊され、豊かな海はがれきに埋まり、魚のいない「死の海」に変わりました。そんな「海」が一ヶ月後に魚がもどり、日に日に「生命」が戻ってきました。自然の復元力に感嘆すると同時に、二十年以上にわたり豊かな恵みの海を育むための活動に確信を持ちました。
その活動とは、海に注ぐ川の上流の森を育てるため、広葉樹の植林活動を続けてきたことです。豊かな海と森を育てる植林。一見無関係にも思えますが、落葉樹の落ち葉で豊穣な土壌が形成され、その養分豊かな土が雨や雪解け水に混じり、川を下り海に注ぐ。海では養分豊かな川の水を受け入れ豊富なプランクトンが生まれる。そして、その豊富なプランクトンが牡蠣を育てます。牡蠣の養殖はこの自然の恵みの賜物なのです。この三十年あまり、営林活動が経済原則でなおざりにされ、里山の崩壊などがニュースになるこの頃ですが、彼は海の養殖業者でありながら、早くからこのことに気づき、「森は海の恋人」として地道な植林活動を継続してきた人です。信念を持って「コツコツ」二十年以上にわたり、継続する行動力に感動しました。
そして彼は東北の三陸の地に「牡蠣の養殖」をもたらした恩人に感謝の言葉を表明しました。その恩人は宮城新昌さん。うちなんちゅーです。明治17年大宜味村根路銘出身で農業学校を卒業後、明治38年に渡米しカナダで水産会社を起こし「世界の牡蠣王」と呼ばれた方です。
このうちなーの大先輩が牡蠣の養殖技術を東北の三陸地方で確立したとのお話でした。世界の養殖牡蠣の90%は宮城新昌がルーツとのことです。本当にびっくりしました。
ちなみに、この宮城さんの娘さんが、「食」の評論家の岸朝子さんと聞いて、また、びっくりしました。世界に羽ばたく「うちなんちゅー」は凄いですね。
寒い冬、「牡蠣なべ」なんかどうでしょうか。 |